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修士課程の2年間を振り返る

東京大学大学院学際情報学府学際情報学専攻総合分析情報学コース修士課程の2年間をふりかえります。

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2022年4月に修士課程に進学し、2024年3月に学位を取得し卒業しました。 本記事では、この2年間で自分がやったこと・考えたことを振り返ってみます。


修士課程進学

学部時代の経験

学部時代の私は、教養学部 学際科学科 という何をするかイマイチよく分からない学科に所属し、コンピュータサイエンスをゆるーく学んでいました。 この学部を選択したきっかけは、学部2年次の進学選択前のタイミングで1年間休学し、フルタイムで取り組んだインターンの中でプログラミングと出会ったことです。 そこからコンピュータを使って処理や分析、プロトタイプを作る楽しさに目覚め、エンジニアとして様々な企業でアルバイトやインターン、業務委託の経験を積みました。

進学か就職か

学部4年次は卒業研究と並行して、大学院受験と就活を行っていました。 就活では自分のプログラミング経験や興味を活かしつつも、純粋ソフトウェアエンジニアとして生きていく覚悟がなかったため、組織としてITに強そうな会社のコンサルティング・PM職を志望していました。

秋の段階で修士でお世話になる研究室の院試に合格し、興味を持っていた会社からの内定もいただきました。 ギリギリまで悩んだ結果、「学部で身につく程度のスキルでは物足りず、修士でもう少し専門性を磨きたい」と考え、内定を辞退し大学院進学を決意しました。

さらに、合格をいただいた研究室は学部1年次から興味を持っていて、教授とメールをしてお話を伺ったり、学部4年次の卒業研究でも配属先研究室として第一希望にしていた研究室でした(運が悪く、残念ながら卒業研究は別の研究室で行いました)。

そういった様々な背景から、専門性を磨くという建前と、「もう2年遊べるドン!」という本音?とを抱えて修士課程に進学しました。

研究生活

研究分野と研究スタイル

大学院で専攻したのはコンピュータサイエンスの中でも Human-Computer Interaction(HCI)という分野で、人とコンピュータの関わり方を広く探求する分野を学びました。 HCI自体が非常に多様な領域と接点を持つ学際的な分野であるため、同じ研究室の中でも一人一人がバックグラウンドに沿ったテーマを持って研究をしています

私自身はサッカーに対する興味・関心、良質なデータソースへのアクセスがあったこともあり、修士論文ではサッカーでの認知技能獲得に関する機械学習モデルの活用をテーマにし、最終的に優秀修士論文賞をいただきました。

スポーツをテーマにしている人は研究室の中でも一部で、研究室のメンバー全員がそれぞれのテーマを持って活動しているのがとても印象的で魅力的でした。そのため、他の研究分野・研究室と比較して自主性が強く求められます。リサーチからアイデア出し、実装、評価実験から論文執筆まで、基本的にはすべて自分主導で行う必要があり、それを補助する要素として研究室のリソース(教授やメンバーの方々とのディスカッション、計算機資源、過去のノウハウ)を適宜活用していくというスタイルで研究を進めていく必要がありました。

また、研究テーマも自身のバックグラウンドから決めることが多いため、課題解決のための手段はその都度学ぶ スタイルが求められます。 例えば私の修士の研究では、画像処理、深層学習に関する理解や実装、姿勢推定などの特定領域の原理と研究の理解、評価実験手法やその他認知科学分野の知識などはすべて必要に応じて自学する必要がありました。

試行錯誤の連続

ここまで順調に研究生活を送っていたように見えるかもしれませんが、実際は何もわからない状態から失敗し続け、悩み続けていた2年間でした。

  • 院試の際に「このような研究をしたい」と提示したテーマの具体的な課題がわからなくなった
  • 機械学習に関する実践的なレベルの知識がほとんどなかった
  • 実装を進めていく中でググっても分からない分野固有の問題に何度も直面した

他のテーマに逃げたくなって、修士1年の間は色々なプロトタイプを作っては壊してを繰り返していました。 例えば:

  • 電気刺激、EMSに興味を持ち、Arduino を使って回路を組んで、自分の顔に電流を流してみた
  • ChatGPT がリリースされたときはいろいろな検証をした
    • オノマトペやメロディなどの非言語的な情報を強引に言語化させてみたり
    • OpenAI の音声認識モデル Whisper と組み合わせて音声ライフログをとったり
    • Monocle を購入してみて視界の情報を文章で記録するARメガネをつくったり
    • 論文とチャットできるリサーチ支援ツールをつくったり
    • その他本当にいろいろ…ChatGPTとは仲良くなった

この迷走期間についても、進捗は無かったものの、手を動かすたびに学びがあり、振り返ってみると、時間にゆとりのある修士課程のうちにしか体験できない非常に充実した期間となりました。

また、修論とは全く関係なさそうな分野なのに、結果的には修論に活かせそうな知見が得られたりというのもこの期間に体感し、多様なバックグラウンドを持つ優秀な研究者が集まるHCI分野の弊研究室の価値を再確認しました。

色々と迷走しながら手を動かし続けることで、意図していなかったものの結果的には自分の研究をブラッシュアップさせることができたような気がします。 頭を使いながら手を愚直に動かし続けることの大切さ を実感しました。

研究、それは孤独な戦い

先ほど、弊研究室のメンバーはそれぞれが多種多様なテーマに取り組んでいると書きました。 多様なテーマを持った人々のディスカッションの中で、思わぬ気付きのきっかけや研究一般的な学びが得られる一方で、私は具体的な研究の細かい相談をする相手が見つからずにひどく苦労していました。

メンバー各々が自分の研究テーマで忙しいので、私の研究テーマ固有の些細な課題を共有して相談するのも気が引けてしまい、孤独に悩む時間が多かったです。 人をうまく頼ることができなかったのは今後改善すべき点だな、と感じています。

修士課程で得たもの

修士号

最低限の研究スキルの証明になると嬉しいのですが… 少なくとも、学部の頃の自分とは違う景色を見ているような気がします。 なんだかんだで修士号をこのタイミングで取得したことは、今後の人生に影響してくるのかもしれません。

論理的・批判的思考力

これは既存の研究をまとめるときに成長を実感しました。 弊研究室には研究をまとめるフォーマットがあり、私は読んで興味を持った論文はフォーマットに沿ってまとめるように2年間意識していました。 学部の4年間で得た分析的な能力でも、既存研究をうまくまとめるのは難しく、大学院入学直後に作成したまとめを今見返してみると「お前は何を読んだんだ?」という気持ちになります。 もちろん博士の方々に比べたら未熟の研究ベイビーちゃんですが、学部の自分よりは間違いなく成長していると実感しています。

プログラミング力

特に、手を動かす力が身についたと感じています。

  • GitHubに上がっているリポジトリを実際に動かしてみて、問題や課題を見つけて修正する
  • 自分の中でブラックボックスだったコードを1行ずつ丁寧に読み解き、処理を追ってみる
  • アイデアをそのままにせず、数時間かけてプロトタイプを作成し、自分がユーザーとなって検証してみる

このように、手を動かして考える経験は時間も精神もゆとりのある修士前半の時期にできてよかったです。 どんなコードも新しい価値のあることをしているのであれば、最初はわからないのが当たり前。プログラミングはこわくない。

伝える力

私はコロナ感染などもあって時期が悪く、対外的な学会発表を経験せずに修士課程を終えてしまいましたが、研究室で対外的に行ったオープンハウスでのポスター発表や、日常的な研究室定例での発表、修士号取得のための発表などを通して、他人に自分の言いたいことを伝える重要性と難しさを実感しました。

自分では「これで伝わるだろう」と思って作ったスライドでも研究室メンバーにみてもらうと予想外に言いたいことが伝わっていない経験を何度もして、その度にフィードバックを貰い修正をすることで、だんだんと伝わりやすい情報提示の方法を学ぶことができたのではないかと感じています。

研究室の自主勉強会で発表したChatGPTについてのスライド。こんな感じで得意なテーマを持ち寄って発表もしたり、充実した研究室生活でした。

修士課程で失ったもの

人生は有限です。 得たものもあれば、当然失ったものもあります。 まずはシンプルに社会人経験の期間が2年失われました。 まぁこれは私にとっては些細な話です。

生活リズム

最低限の授業はあるものの、情報系ということもありオンラインで完結できることが多く、修士課程の大半の時期を昼夜逆転状態で過ごしてしまいました。 没頭していたオンラインゲームの影響もあり、未だに生活リズムは絶望的です(Apex Legends というゲームに5000時間以上の時間を溶かしてしまいました)。 コーディングが捗るときはラジオや音楽を聴きながら気づいたら朝なんてことは日常茶飯事でしたし、早めに作業を切り上げても、ゲームが楽しくて気づいたら朝ということもよくありました。

対面での対話

オンラインで完結できることはオンラインで済ませてしまうため、研究からアルバイト、ゲームまで1日の殆どの時間を自室デスクで過ごす生活が当たり前となり、他人と直接会って話をする機会が減りました。 オンラインのチャットや通話ではできない与太話や、友人と膝を突き合わせて話すことの楽しさを感じることができなかったのは残念です。 コロナ流行以降、本当になにか大切なものを失ってしまったような気がします。

デスクで作業を見守ってくれたコイル。
デスクで作業を見守ってくれたコイル。

まとめと今後

より自分の人生を自分事として深く捉え、専門性とともに自分のやりたいこと・方向性も見定めることができた本当に有意義な2年間でした。 これを尊敬する研究室の教授・メンバーの方々の中で行えたことに深く感謝しています。 研究室の人数が多いため、あまり交流がない方もいますが、背中を見て勝手に学び、多くの刺激を受けていました。

今後は、6月から一度新卒で就職する予定です。 入社予定の会社では、話を聞く限りは自分のやりたいことに近いことができると思っています。 博士号取得を目指したい気持ちもあったのですが、タイミングや環境などいろいろな面で満足いく選択が得られなかったため、一度社会に出る決意をしました。 やっていけるかどうかは分かりません。

ということで修士課程の振り返りをざっくりと書いてみました。 他に、修士課程の2年間もしくは所属していた学際情報学府 総合分析情報コースについて気になることがあればお知らせください。 私が答えられる範囲で都度追記していこうと思います。